牡丹”をめぐる職人対談

牡丹 心の余裕があってはじめて焼ける煎餅

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堅焼き煎餅の誕生

その昔、関東地方で煎餅と言えば「塩せんべい」と呼ばれるものでした。
その名の通り「塩」のみで味付けした、いたってシンプルなもの。
日光街道の宿場町として、埼玉県の草加が栄えたことで「塩せんべい」が旅人向けのお土産商品として販売され、各地に広まっていきました。
そのうちに、醤油の産地として有名な千葉県の野田や銚子の醤油をつけた煎餅が食べられるようになります。
定番の味「醤油せんべい」の誕生です。現在の「草加せんべい」の原点でもあります。「醤油せんべい」になっても、「塩せんべい」の呼び名に慣れ親しんだ人達は、醤油にも塩を使っているからという理由で、醤油味でも「塩せんべい」と呼んだそうです。
この「醤油せんべい(草加せんべい)」が、現在の青戸本店近辺の東京都葛飾のエリアにも広まってきました。

うまい堅焼き煎餅が食べたい

富士見堂会長の佐々木康祐がまだ若かりし頃、知人からこんなことを言われたそうです。
「俺は堅焼きせんべいが大好きなんだ。うまい堅焼き煎餅がどうしても食べたい。なんとかして作ってくれないか」
この依頼に佐々木はすぐにうなずくことができませんでした。
煎餅を作る大切な工程のひとつに、“ホイロ”という工程があります。
乾燥させた煎餅生地を焼く前に一度生地をあたためることで、これによって焼き上がりも味も様々に変化します。気温、湿度によってこの“ホイロ”の加減も調整していきます。
大判の堅焼き煎餅をおいしく仕上げるには、この工程が欠かせませんが、“ホイロ”加減によって焼き上がりの煎餅が大きくなったり、小さくなったりしてとても難しい作業なのです。
“ホイロ”の後の煎餅を焼く時にも注意が必要です。大判の煎餅を製品として販売するには、1枚1枚の大きさがバラバラではいけません。ある程度形を揃えなければならないため、よーく煎餅を観察しながら、極力火を弱くして、何度も何度も空気に触れさせてじっくりと時間をかけて焼いていきます。
人の手でゆっくりと煎餅を見ながら焼いていくことで、ぎゅーっと旨味が凝縮されていき、歯ごたえのある、お米の旨味たっぷりの煎餅になるのです。

期待に応えられるようなうまい堅焼き煎餅を作りたい、という職人としての強い思いから試作を開始。
生地はどの位の厚みにすればよいか、堅焼きに合う醤油はどのようなものか。毎日微妙に変化する生地とにらめっこしながら、焼いては味をつけ、味をつけては食べ比べ・・・を繰り返していくなかで、ある程度厚みがあった方が食べごたえがある、醤油はシンプルな生醤油がいい、などの結論に至ります。

試行錯誤を繰り返し、時間をかけて完成させた牡丹について、佐々木の心の中にはこのような思いが芽生えました。
―この煎餅を、次の世代、また次の世代へと時代をつないでいけるような煎餅にしたい。いつの時代でも、何十年、何百年先でも世の中が大きく変化しても、富士見堂の味といえばこの味、という“ブレない”煎餅にしたい―

富士見堂では現在、醤油などの定番の味からキャラメルやチョコレートなどのスイーツ感覚で味わえる味まで、様々な煎餅を販売しています。これらは当社の若いスタッフが中心となり、「若い人達にも受け入れてもらえるような今までにない煎餅屋を目指していこう!」と日々研究し、開発してきたものです。

お客様の嗜好は、常に少しずつ変化しています。その変化に対応した商品を作り、喜んでいただけるものを提供していくのは、私たちの使命です。
でも、その一方で、いつどのように時代が変化しても、どんな状況になろうとも、“富士見堂の味”として永久に残していく味があってもよいのではないか。そのような考え方のもと、ずっと守り育ててきたのが牡丹です。

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“牡丹”の由来

さて、富士見堂ではすっかり定番となった“牡丹”という名前。このように名付けた理由は2つあります。
1つは牡丹の花が通年を通して縁起の良い花であること。もう1つは、牡丹の花言葉で “花の王様”とも呼ばれている為、煎餅の王様を目指したいという思いから名づけられました。

たくさんの新しい商品が出る中、富士見堂の定番として“牡丹”をずっと残していきたいという煎餅に対する熱い思い、次の世代の人達にも繋がるようにという思いも込めて、“牡丹”は現在、富士見堂のシンボルとして、ロゴのデザインにもあしらわれています。

1枚1枚、丁寧に作られる“牡丹”は、一口食べると深みのある醤油の味が口いっぱいに広がり、噛む毎にお米の旨味が出てきます。
伝統と当社スタッフの熱い思いが詰まった“牡丹”。“煎餅の王様”を目指して、何十年先も変わらぬブレない味を今日も職人達は心を込めて焼き続けています。

“牡丹”をめぐる職人対談

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